横浜発!日本のイイとこ全部見せます!日本に生まれてよかったfromざんぎりヘッド

「ざんぎり頭を叩いてみれば文明開化の音がする」。日本は最近元気がないけど、捨てたもんじゃないぜ!「日本人でよかった」と心から思える・誇れる豆知識を仕入れてお届けします!明日からはあなたの頭も文明開化の音がするかも!?

家康・直政ゆかりの地をご紹介!東京・秋葉原の地名の由来は浜松にあり?

今回は徳川家康、井伊直政のゆかりの地をご紹介します。

浜松といえば土曜丑の日「うなぎ」です。わたしは小さいころ九州の祖母の家に帰省するときに新幹線を利用していたんですが、お昼は浜松駅到着まで我慢。

理由は駅弁。浜松駅で「うなぎ弁当」が入荷されるんですね車内販売で。

現在はどうなっているのか、また値段も高騰しているだけにそもそも浜松駅で搬入してるのかも定かではありませんが、小さいころの食の記憶、というのは大人になっても忘れないもんだなあ、とふと思いつつ記事を書いています。

 

余談が過ぎそうなので、本題にさっそく入りましょう。

まずは王道のこちらから。

 

1.浜松城。

家康の居城で、1570年に築城されました。45歳までの17年間を過ごした城で、1575年に居いぇ明日に使えた直政は小姓として最初は仕えました。その後、浜松城主は不思議と幕府の重要なポストにつくようになり「出世城」という別名もあるくらいです。

 

2.引間城跡

1570年に岡崎城から拠点を浜松へと移した家康は、引馬城を拡大し浜松城と改めました。出世の聖地としていまでも多くの参拝者が訪れています。

 

3.浜松秋葉神社

家康が浜松城に入城した際に、浜松市の北部にある秋葉神社の総本山から勧請した神社。井伊直政のもとで「井伊の赤備え」を結成した旧武田家の家臣は、ここに血判状を奉納しました。子育て、縁結び、家内安全、子育て、子孫繁栄など、火の神様としてお祀しています。

 

4.浜松市博物館

井伊氏や周辺の遠江(とおとうみ)の国衆たちに焦点を当てた展示会を開催したりなど、浜松にゆかりのある人物・事象を取り上げています。

 

余談になりますが、3.でご紹介している「秋葉」ですが、東京にある「秋葉原」の語源となったという説があります。

かつて江戸は火事の多い街でしたが、明治2年に起きた大火事の際に、被害を憂慮した明治天皇が焼け野原に「鎮火社」を築いたのが現在の秋葉原周辺。

人々はこの「鎮火社」を江戸時代に火防の神として全国から広く信仰を集めていた浜松市の秋葉大権現が勧請されたものと思い「秋葉様」「秋葉さん」と呼んだそうです。

 

また明治天皇は火事でできた焼け野原を火災時の緩衝地帯としたため、人々はこの空き地を「秋葉の原」「秋葉っ原」と呼んだとも言われています。

 

次回は「浜松のパワーフード!3巨頭!」をお届けします。

身体にも肌にもいい(井伊)といわれるフード、次回もお楽しみに!