横浜発!日本のイイとこ全部見せます!日本に生まれてよかったfromざんぎりヘッド

「ざんぎり頭を叩いてみれば文明開化の音がする」。日本は最近元気がないけど、捨てたもんじゃないぜ!「日本人でよかった」と心から思える・誇れる豆知識を仕入れてお届けします!明日からはあなたの頭も文明開化の音がするかも!?

悪役に見られがちな井伊直弼。幕末に果たした近代日本誕生への役割とは?

安政の大獄、桜田門外の変と続く井伊直弼に絡む事件ですが、開国、ということだけ考えると、彼の行った功績は非常に大きいです。

歴史に抗っても大きな流れには逆らえない、とはよくいいますが、坂本竜馬の暗殺はじめ、結局は徳川幕府には運は味方しなかったことでしょう。むしろ倒幕が早まったともいわれているくらいで、川の流れのように身を任せる、というのも1つの勇気かもしれません。

 

と横道にそれそうですので、本日の主人公・井伊直弼に登場していただきましょう!

 

井伊直弼の活躍は、直虎が井伊の当主を務めた戦国時代から約300年後の幕末。

未曾有の動乱期、幕府の実質的トップである大老として外交・内政を任された井伊直弼は、藩政改革と「日米修好通商条約」の締結という功績を残しました。

藩政改革では、怠けている家臣に処分を下し、努力するものや才能あるものには十分な褒美を与え、病気や貧困に苦しむものには支援をするといった政策を行い、庶民の暮らしにしっかりと目を向けました。

そのため直弼は庶民に敬愛されたといいます。

 

また攘夷論が高まる中、ペリー提督率いる黒船が浦賀に来航すると、直弼は「開国して国力を高めるべき」と主張し、条約を拒み鎖国を続けたときの日本の実害を予測し、軍事力で劣る日本では外国と積極的に交易を進めるしか方法はないと考えたのでしょう。

 

天皇の許しを得られないまま条約の調印を行ったため、尊皇攘夷派から猛反発された結果、吉田松陰らを弾圧したのが安政の大獄です。

その結果、桜田門外で水戸藩の浪士たちに暗殺されてしまうことになります。

 

しかし、思い切った開国という選択がなかったら、戦争に突入し、日本は植民地化されていた可能性もあります。

批判的な記述をされることが多い井伊直弼ですが、先見の明があった、といえるのではないでしょうか。

 

次回は「井伊家・ちょこっと豆知識」をお届けします。

日本史の教科書には載っていない、つまり試験に出ない情報ですが、知っていて面白いネタですので、ぜひ次回もおつきあいください!