横浜発!日本のイイとこ全部見せます!日本に生まれてよかったfromざんぎりヘッド

「ざんぎり頭を叩いてみれば文明開化の音がする」。日本は最近元気がないけど、捨てたもんじゃないぜ!「日本人でよかった」と心から思える・誇れる豆知識を仕入れてお届けします!明日からはあなたの頭も文明開化の音がするかも!?

神様と一体化した仏様。開創1200年の高野山にレリゴー!

前回に引き続いて、今回は仏教のお話から入りたいと思います。

 

仏教は日本に入ってきて以来、国や天皇、一部の特権階級の人々を守るためのものであありました。

その仏教を広く、一般庶民のためのものとしようとしたのが、ご存知の弘法大師・空海です。

弘仁7年(816年)、朝廷の許しを得て開かれた高野山はその聖地でした。

 

命がけの一大事業を果たすべく開く聖地・高野山。

そこに空海が一番最初に建てたのが神社でした。

仏教を世に広めていくために「どうぞお守りください」と神様に祈ったのです。

 

現在も高野山の修行僧たちは、大きな修行や法会を勤める際は、丹生都比売(にうつひめ)神社にやってきて、守護を願うお札を納め、読経をささげています。

仏教が入ってきた当初は、廃仏派と崇仏派の間で争いが起こったものの、神様仏様はこのような共存を遂げたことで、日本史の教科書でも出てくる「神仏習合」として一体化までしてしまいました。

 

神社の中にお寺があり、お寺の中に神社がある。

日本人にとってはそこまで違和感がない光景ですが、明治時代になってから静養コンプレックスに取り付かれていた政府高官たちは、そういった信仰携帯は「野蛮」であると考えるようになります。

 

区別もつかない神様、仏様を敬う国民がいる国家など、西洋諸国にバカにされる!

といったところでしょう。

 

とはいいつつも、いまだにそのボーダーラインがあやふやなのがある意味では日本人らしさといえます。

わかりやすい例を挙げると、20年以上前に死んだおじいちゃんのことを毎日考えることはないけれども、交通事故や天災に巻き込まれそうになったときに寸前で助かったときなどに「おじいいちゃんが守ってくれた」といった発想が浮かぶのは、日本人ならけっこう経験があるのではないでしょうか。

 

神様も日本人にとってはそんな存在で、日ごろ意識はしないけれど、無宗教だからという理由ではなく、そこまで意識しないくらいに「近しい」存在として捉えているから、といえるのではないでしょうか。

 

3年前の2015年に開創1200年を迎えた高野山。

真田幸村ファンや真田太平記を読んだ方なら高野山という地名はピンと来るかもしれませんが、神様仏様が日本で最初に共存したレアな土地ですので、ぜひ1度訪ねてみてはいかがでしょうか。

 

今回でいったんJapanese入門は終了ですが、またトピックが入りましたら取り上げますので、ぜひお付き合いください。

次回は「中国と日本の違い」についてみていきます。

壮大なテーマにみえて、取り上げるのは庶民的な話ですので、お楽しみに!