横浜発!日本のイイとこ全部見せます!日本に生まれてよかったfromざんぎりヘッド

「ざんぎり頭を叩いてみれば文明開化の音がする」。日本は最近元気がないけど、捨てたもんじゃないぜ!「日本人でよかった」と心から思える・誇れる豆知識を仕入れてお届けします!明日からはあなたの頭も文明開化の音がするかも!?

男性向けの家計簿ってどこに売ってるの?

毎年年末年始になると、翌年用の家計簿が書店やロフトなどにズラっと並びます。

種類も手帳と同じく豊富で、日記を兼ねているもの、お料理レシピつきのもの、レシートを貼ることができるもの、さまざまな出費の平均額が書かれているもの、節約・貯蓄に関するコラムがたくさん書かれているもの・・・などなど実にさまざま。

 

そんな中不思議と見当たらないのが「男性向けの家計簿」。

メーカーも需要がないのがわかっているからか狙って作ってはいないようです。

わたしたちがごく当たり前に受け入れている「家計を管理するのはお母さんの仕事」というのはいったいいつから始まったのか?

 

さっそく見ていきましょう。

 

日本に家計簿が広まるきっかけとなったのが、明治時代以降、イギリスやアメリカの「家政学」が高等女学校の家事科に取り入れられ「衣食住・家計簿・家事衛生・育児」という項目で教育が始まったことに由来しています。

 

そのため、家計簿をつけられる女性は高等教育を受けられるような一部の女性に当時は限られました。

しかし明治37年、日本初の女性新聞記者である羽仁もと子さんが、婦人之友社より出版した「羽仁もと子編 家計簿」を発売します。

「家計は簡素に、社会は豊富に」をスローガンに、公共費という項目を設けたことも特徴的なこの家計簿は、家庭に『予算』という概念を導入するきっかけとなります。

 

大正時代に入ると、各出版社から主婦層に向けて発売され、雑誌の付録としても配布されるようになり、どんどん一般に浸透していきました。

 

ちなみに明治時代の家計簿は縦書き。数字も漢字も表記してあったとのこと。

横書き・算用数字が一般的になったのは大正時代に入ってからのことです。

 

戦後になると、国策として、一般家庭に貯蓄を推奨するようになります。

復興へ向けた政策、金融教育や資本増強のためです。

戦後のしばらくのあいだは、食費以外のカテゴリーとして、主食・副菜・調味料などといった細かな項目が設けられているものもありました。

当時は食費が支出の40%を占めていたこともあり、少しでも食費を節約したいという意識のあらわれとも言われています。

 

そして戦後の家計簿の誕生と普及は、お父さんの労働と密着にかかわっています。

次回はサラリーマンという働き方と家計簿の因果関係についてみていきます。

次回もお楽しみに!