横浜発!日本のイイとこ全部見せます!日本に生まれてよかったfromざんぎりヘッド

「ざんぎり頭を叩いてみれば文明開化の音がする」。日本は最近元気がないけど、捨てたもんじゃないぜ!「日本人でよかった」と心から思える・誇れる豆知識を仕入れてお届けします!明日からはあなたの頭も文明開化の音がするかも!?

出たかったトリノ五輪。まさかの「壁」とは?2010バンクーバー五輪までの道。浅田真央、ルーツに迫る。

アスリートとして、浅田は早くから稀有な存在でした。

小学校6年生でトリプルアクセルを決め、15歳で出場した2005年のグランプリ・ファイナルでは、当時の世界最強だったイリーナ・スルツカヤ(ロシア)を破って優勝。

金メダルが当然期待された2006年トリノ五輪は、まさかまさかの落選。

理由は「国際スケート連盟が定める年齢制限に87日足りなかった」こと。

つまり能力ではなく年齢の壁に負けたわけです。

 

その後バンクーバー五輪までの4年間。

道のりは平坦ではありませんでした。

2008年の世界選手権こそ優勝をはたすものの、肝心の五輪シーズンに試練が訪れました。

 

トリプルアクセルの失敗。

ライバル・キム・ヨナの出現。

グランプリシリーズでヨナの前に2連敗を喫します。

代表入りすら危うい、とみられましたが2009年12月の全日本選手権で優勝。

なんとか五輪切符をつかめました。

 

結果、バンクーバー五輪は銀メダルに終わるものの、ショートプログラム、フリーで合計3回のトリプルアクセル成功を決めます。

これがギネス世界記録にもなっています。

 

この演技がもう1人のライバルに火をつけました。

ジョアニー・ロシェット(カナダ)です。

バンクーバーの女子ショートプログラムの2日前に、母・テレーズさんを突然の心臓発作で亡くしました。

深い悲しみを抱えながら、見事銅メダルを獲得。

 

「果敢にトリプルアクセルに挑んだ姿を見て、わたしは悲しいことなんか忘れて、正直燃えたわ。ありがとう」

とコメントを残しています。

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次回は2010年バンクーバー五輪終了後から2014年のソチ五輪までの軌跡に迫ります。ぜひお付き合いください。