横浜発!日本のイイとこ全部見せます!日本に生まれてよかったfromざんぎりヘッド

「ざんぎり頭を叩いてみれば文明開化の音がする」。日本は最近元気がないけど、捨てたもんじゃないぜ!「日本人でよかった」と心から思える・誇れる豆知識を仕入れてお届けします!明日からはあなたの頭も文明開化の音がするかも!?

ヨーロッパで不動の人気を獲得したオニツカタイガーの秘密に迫る!

今回で「オタクたちの遊び心が世界のファッションを足元から変える!」は最終回。

前回予告どおりになりますが、誰しも店頭、あるいは自宅に1足、といったレベルで知名度も高い「オニツカタイガー」を取り上げます。

ファッション雑誌などでもたびたび取り上げられていますが、ヨーロッパでの人気は日本の比ではなく、レトロなデザインとシンプルなカラーリングが人気の要因となっています。

 

 

ではオニツカタイガーとはどのようにして生まれたのか?

さっそく見ていきましょう。

 

オニツカタイガーは1949年に現アシックスの創業者・鬼塚喜八郎氏の名を冠して名付けられたもの。

第一号のバスケットボールシューズを皮切りに、バレーボールシューズ、マラソンシューズなど数々のスポーツシューズを世に生み出してきました。

 

1956年に開催されたメルボルンオリンピックでは、日本選手団が入場行進時に履くトレーニングシューズを手がけるまでになりました。

その後会社は順調に発展し、いまやおなじみとなった「アシックスストライプ」をあしらったデザインのシューズも誕生。

と同時に、シューズブランド名が変わり「アシックスタイガー」となり「オニツカ」の名前が徐々に少なくなっていきました。

 

再び「オニツカ」が日の目を浴びたのは、2002年。

アシックスがオニツカタイガーブランドの復活を決め、本格的な展開を始めたのです。

多くの人々が日本を含め関心を寄せましたが、とくにヨーロッパで大ブレイク。

2003年には映画「キル・ビル」で、主演のユマ・サーマンが着用した鮮やかな黄色のオニツカタイガーが好評となり、その人気に火がつくようになりました。

 

こちらがキル・ビルモデルです。

 

その後、オニツカタイガーブランド全体の売り上げの8割がなんと海外という状況に発展。

今では逆輸入に近い形で、日本でもブームが到来しています。

 

いかがだったでしょうか?

日本発のブランド、グッズが海外でブレイク、というのはやはりうれしいもの。

 

次回は趣向をがらっと変えて、戦後の日本についてみていきます。

海外との比較、というよりも、今の日本がどんな礎があって成り立ったのか、ざっくりとですが見ていきます。

 

本日も最後までお読みいただきありがとうございました。